PiPa ぴぱ ピパ 美唄

2010.01.12

カテゴリー【特集】File.00

晩秋の美唄で開催「こころを彫る授業」安田侃インタビュー「主役は彫る人であり、アルテを訪れるみなさんです」

アルテピアッツァ美唄「こころを彫る授業」の期間中は、朝10時からげんのうとのみの音が響き渡る。“こころ”と格闘する参加者に混じって、一人一人にやさしく声をかけていく彫刻家・安田侃さんの姿があった。世界のマエストロはどんな思いで彼らを見つめているのだろうか。

-意外だったのは参加者のほぼ全員がすぐに道具を持って“こころ”を彫り始めますね。もう少し考え込むところから始まるのかと想像していました。

安田侃(以下、安田)  そう、「こころを彫る授業」のいいところはそこです。普通は考えてから動く。ここは動きながら考える。体を動かしながら何をしなきゃいけないかを見つけていく。しかも彫るのは自分のこころですから。だんだん周囲の事は頭から飛んでいって、より自分の世界に入っていく。今日は初日ですが3日目ともなれば見ていてください。表情も、のみの音も劇的に変わります。

-今回で32回目となる「こころを彫る授業」。始めるきっかけは。

安田 大きな流れが2つありました。1つ目は、イタリアのプッチーニ財団が企画する「オペラを彫る」という公演。プッチーニのオペラの舞台美術を彫刻家に委ねるというプロジェクトで、僕はそのトップバッターを「蝶々夫人」で務めさせていただいたんです。

-地元で大絶賛され、アメリカやドイツ、日本でも上演されました。

安田 舞台上には僕の作品「意心帰」(いしんき)や「天聖」(てんせい)「天もく」(てんもく)「翔生」(しょうせい)を配置しただけの抽象の世界。蝶々さんの家すらも出てきません。その精神的な空間だからこそ、物語が日本人の芸者である蝶々さんの悲劇から「我が子のために自決する母親の愛」という普遍的なものに変わり、世界の観客が自分と重ねて見ることができた。精神が形を得ることで見る人の気持ちを映し出すことができた成功例だと思います。

-もう1つのきっかけは。

安田  これは美唄の子どもたちの力が大きい。NHKの番組「課外授業 ようこそ先輩」で、美唄市立中央小学校6年3組のみんなに目に見えない心を軽石に彫る授業にトライしてもらいました。その結果は実にすばらしいもので、子どもたちが素直に自分の心を表現してくれた。放送後、全国の美術の先生の間でも反響があったそうです。それならばこのアルテでも年齢性別を問わない、いろんな方たちに「こころを彫る授業」をやってみようかと。

-確かに今回の参加者も中学生からご年配の方まで顔ぶれが豊かです。みなさんの机を回っておられましたが、どんな会話を。

安田  あまり人には聞かれたくない会話を(笑)。ほら、自分のこころを彫っているから。まあ冗談はともかく、みなさん思い通りにいかないのが当たり前です。楽しい、苦しい、嬉しい、哀しいと心には何種類もある。彫刻も三次元のものですから必ず裏側があり、1本の線ではとても表現できない。参加者の誰もがしんどい、つらいと思いながらも、石の中に自分だけの形を見出していく作業を続けていきます。

時には自らのみを持つ安田氏の姿に参加者も手を止めて見学。

時には自らのみを持つ安田氏の姿に参加者も手を止めて見学。

-アルテピアッツァ美唄が生まれて2009年で17年。当初思い描いていたイメージと現在の姿に違いはありますか。

安田  基本はいつも変わりません。“主役は、来訪者”。このコンセプトは一般の美術館の概念と大きく異なっています。名のある作家の作品を見るためではなく、訪れる人が思い思いに過ごしていく。カフェにおいしいと評判のぽこぽこパンやコーヒーを目当てに来たら、彫刻があった。そんな空間は世界でも類を見ない。アートとは何かを考える究極の空間です。

-ミュージシャンの中西圭三さん、写真家の森山大道さんと2009年もアルテに惹かれてやってきた実力派アーチストの方々がいました。

安田 嬉しいですね。初期の頃にコンサートをした山下洋輔さんは「生涯10本の指に入るステージ」とアルテの空間を満喫してくれたようですし、「永六輔・神田山陽 ふたり会」では、永さんが「芝生の手入れに」とイベントの売上を置いていくという粋なことをしてくださった。感性豊かな方々がアルテに共鳴してくださることに勇気をもらいます。そしてなんといっても、アルテがここまで成長してこられたのは美唄のみなさんが見守ってくださったおかげ。美唄の子どもたちが「まちの自慢」としてアルテをあげてくれることが、僕のなによりの喜びです。

教室のあちこちで「いい形だね?」と鑑賞し合う姿も見られた。

教室のあちこちで「いい形だね?」と鑑賞し合う姿も見られた。



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