ライターたまきの体験レポート 前編
目に見えないこころを石に託す
「こころを彫る授業」の会場は体験工房「ストゥディオ アルテ」。大理石を彫るという非日常的な体験に私を含む参加者40人が挑戦する。しかもテーマは目に見えない「自分のこころ」? 一体どうなるんだろう。不安ばかりが募る中、「こんにちは」という安田侃さんのやさしい声で授業は始まった。
「これから彫る石はみなさんの“こころ”です。この3日間で無理にカタチにしようとは思わないで。これから石と向き合う時間は、自分を見つめる時間。今日は好きな人のことも忘れて、いつもと違う時間と空間を体験してください」。
「東京や福島県など道外からも10人が参加。安田さんの話に熱心に耳を傾ける。
安田さんから心構えや道具の使い方を教わると、いよいよ石選び。この日用意された大理石はミケランジェロが発見したイタリア・ピエトラサンタの石切り場 から運ばれてきたもの。参加者は順番に「これだ」と思う石、いや、自分のこころを選んでいく。
大理石の表情はどれも違う。安田さんの「迷わないで」の声に背中を押された。
ライターたまきの体験レポート 中編
全然言うことを聞かない私のこころ
エプロンと軍手、マスクは持参したが、げんのう(かなづち)やのみ、金やすり(どれもイタリア製!)などの作業道具はすべて工房で貸し出してくれる。まずは大理石を机に置き、両手で触れながらしばし眺める。
「これが私のこころか」
石を彫りながらこころと向き合うなんて、まるで雲をつかむような話だ。石はゴツゴツといびつな形をしていた。どの面を下にしてもグラグラ動いてしまう。
「私のこころは、なかなか安定しないってこと?」
ため息をつき、早くも途方に暮れていると「こんにちは」という声が聞こえ、顔を上げるとすぐ隣に安田さんが立っていた。
周りから早くも彫り始める音が聞こえると「わ、私も…」と焦ってしまう。
「石が安定しなくて…」と伝えると、「どれどれ」安田さんが石を手に取りいろいろな角度で置いたり、持ち上げたり、眺めたり。じきに「ここがいいんじゃない?ほら」と石を置いてくれた。本当だ。こころがやっと落ち着いた。
それでは、と左手にのみ、右手にげんのうを持って彫る作業に取りかかる。目指す形は見えないけれど、彫り出していけば何か見えてくるかもしれない。前向きな気持ちになってげんのうを振り下ろした。が、今度はなんと大理石が硬くて歯が立たない!彫りやすいところを探して石をぐるぐる回しながら、この日2回目のため息。こころを持て余しているのは私だけなのだろうか。
3本の木を組み合わせた土台で大理石を固定しながら作業を進める。
いやいや、前に進まなくては! 気を取り直していろいろな所をトンカンやっているうちに、この硬くて大きな石にも必ずもろい所があると分かってきた。そ してそこは大抵とがっていて、いびつな形をしていることも。
私自身の「もろい所」はどこだろう? ああ、思えば、こころのもろさが原因であんなこともこんなこともあったなぁ…。工房にいる他のみんなも真剣な表情。 内省的な気持ちになっているのかもしれない。などと思っていたら、「お昼にしましょうか」とスタッフさんから声がかかり、ようやく一息。ふぅ!
赤と黄色が踊る美唄の晩秋。ランチは美唄名物とりめし。おいしかった!
【SPECIAL VOICE】
参加者全員を見守る安田侃さんにインタビュー!
ライターたまきの体験レポート 後編
こころは1日にしてならず、この続きは…
午後になり、欲が出てきた。「もっと形を整えたい。でもどんな風に?」。ここでまた石とにらめっこ。安田さんの「無理にカタチにしようと思わないで」という言葉を思い出す。それはそのまま「心を飾らなくてもいい」とも受け取れた。
「今の石の形をそのまま受け入れ、ただ磨いてみよう」。そう思った瞬間、気持ちがすっと軽くなる。
作業をしていると自然に子ども時代のことを思い出す。
もしかすると私が今受け入れた、ありのままのこころとは生まれ持った個性のことなのかもしれない。大人になってからずいぶんとよそ行きの自分になっていた…。肝心の作業は目の荒いやすりから徐々に細かいものへ移っていき、するとまた削りたい部分が見つかって再び削る、磨くの繰り返し。
しばらくすると、安田さんがやって来た。
「どうですか? なんだかいい形になりましたね」と私の石を両手で包みこむ。
「ときどき少し離れて、遠くから眺めてごらんなさい」
一緒に数歩離れて眺めてみた。
「どっしりと構える山のようにも見えますね」。安田さんが微笑んだ。
“こころ”も日常生活も少し離れて見ることが大事。写真右は大活躍の金やすり。
気がつけば、時刻はもう夕方4時。「もっとこうしたい。そう思ったところで今日の作業は終わりにしましょう」。安田さんの言葉で全員が手を止めた。
最初はイメージすらできなかった「こころを彫る授業」。だが、硬くて冷たかった大理石は今日一日で他でもない私のこころそのものになった。彫るという身体的な作業でここまで内面を見つめ直すことになるとは、感動すら覚えてしまう。
そしてもちろん、“こころ”がわずか1日で完成するはずもなく、この後の続きは本人次第。自分のペースで再び工房を訪ね、自主作業を続けることも可能だ。もちろん私もこの冬はしばらくアルテピアッツァ美唄へ通うことになりそうだ。
朝は「これをどうすれば?」の大理石も一日が終わる頃には思い入れたっぷり。


