「美唄焼き鳥」とは何か。答えを一言で表すと、モツ串である。その昔焼き鳥店では鶏をさばき、精肉をとった残りの臓物(モツ)や皮を捨てていた。さばく鶏の数が増えればモツの量も比例する。“捨てるのではなく一羽すべてを使い切る”。昭和30年代、こうした逆転の発想でモツに初めて串を刺したのが、美唄市内で飲食店「三船」を経営していた故三船福太郎氏その人だったといわれている。
昭和に入ってから、農村地帯の美唄市は三井・三菱の炭鉱を有する石炭の都として栄えていた。人口も増え、夜の街には羽振りのいい炭鉱マンが溢れ返っていた。焼き鳥店のテーブルの上にはモツ串とお銚子の山ができあがり、店は伝票をつける間もないほどの忙しさ。2階の小上がりに陣取った客の中には店員の目を盗んで空になった銚子と串の束を窓から川に投げ捨てる“ちゃっかり者”もいたとかいないとか。
ともあれ、体力勝負だった炭鉱マンの胃袋を満たしてきた美唄焼き鳥の歴史を振り返ると、注文は10本単位というのもうなずける。
“美唄焼き鳥の父”三船福太郎氏の時代から約40年を経た平成のいま、美唄市内の焼き鳥店は12店舗。元祖「三船」の味はどのように伝えられていったのだろうか。先代の父が福太郎氏の孫弟子にあたるという「たつみ」店主の藤本和己さん(55歳)は語る。「私が聞いた話では、福太郎さんが店を手放すことになり柳谷常雄さんという人が後を継いだ。その柳谷さんのところに修行に行ったのがうちの親父です」。
市内で、持ち帰り専門店の「鳥乃家本店」「三船 峰延店」を構える有限会社鳥乃家社長の飯坂恵子さん(57歳)も、いまは亡き柳谷氏のもとに通った弟子の一人だ。「会社員だったからはじめはやる気を疑われて門前払い。2時間粘ったら柳谷さんが折れてくれました」と当時を振り返る。
福太郎氏の息子から味と看板を受け継ぐ店もある。岩見沢や札幌にも支店を持つ「福よし」だ。「店名の由来は福太郎さんの福と奥様のヨシさんのお名前から、とうかがっています」、福よし本店店主の城野紀代子さん(61歳)が教えてくれた。
「元を辿ればどこも福太郎さんに行き着く」と言われる美唄焼き鳥の味だが、そこには各店が共有して守りぬくこだわりもあれば、店独自の創意工夫もある。
「まず初めに皮を刺します。次にタマネギ、そしてレバーとかハツ、キンカンのどれかを選んで刺したら、またタマネギ。バランスを整えるために間に小さな肉をはさむこともありますよ。そして最後に肩肉で串の先が出ないようにおさえたら、はい出来上がり」。たつみの仕込み現場におじゃまして、ベテランのパートさんが素早く串に刺していく様子を見せてもらった。後日、他店に確認したところ「モツ串の基本はその順番どおり」と全員一致の回答が返ってきた。
ただし、モツと一口に言っても中身はハツやレバー、砂肝、キンカン(腹卵)、タマミチといろいろ。店によって使う部位は異なり、素材の大きさも食べごたえを重視したり食べやすさで揃えたりと大小さまざま。食べつけた地元の人間には「串を一目見ればどの店のものかわかる」そうだ。
そして美唄焼き鳥の大きな特徴はネギマにタマネギを使うこと。「長ネギじゃなくてタマネギを使うのは福太郎さんの時代から。鶏との相性もいいし、空知管内はタマネギの生産地であることも関係しているんでしょうね」と福よし店主の城野さんはいう。
美唄焼き鳥は炭火焼きが絶対条件。「よく“遠火で強火”といいますが、炭の種類や焼き方は店によって違うでしょうね」とは、たつみ店主の藤本さん。
美唄には焼き鳥を店で食べるだけでなく、内輪の集いや冠婚葬祭に持ち帰る習慣が根づいている。時には1本の電話で100本を超す大量注文が入る店では、仕込みの段階からつねに炭の状態に気を配っているという。
味つけは塩・コショウが一般的だが、ユニークなのは(有)鳥乃家の“塩だけ”スタイル。「これは、子どものことを考えて刺激が強いものを避けるという師匠・柳谷さんからの教えどおり。上質の炭を使い、その香ばしさでおいしく食べていただく鳥乃家流の味です」と飯坂社長は胸を張る。
地域ブランドとしての美唄焼き鳥の地位を確立するため、2006(平成18)年12月には「びばい焼き鳥組合」が誕生。同時に、「全国やきとり連絡協議会」通称“全や連”(※リンク http://www.yakitori-jp.com/)への加盟も認められた。「実はこの加盟を推薦してくれたのが、“室蘭やきとり逸品会”の方々なんです。2つ以上の団体が加盟している都道府県は全国でも北海道だけ。互いに盛り上がっていくのが理想です」と、同組合の会長を兼務する藤本さんは語る。2008(平成20)年夏には全や連主催第2回「やきとりオリンピック」が北海道で開催されるため、ホストの2団体は忙しい夏を迎えることになりそうだ。
また最近では、「美唄焼き鳥を店で出したい」という道内各地の飲食店からの問い合わせも増えてきた。「美唄焼き鳥の正確な定義を詰めていくのはこれからですが、一番大切なのは“美唄焼き鳥がなぜ今のスタイルになったのか”を作る側にも食べる側にも理解していただくこと。お客様の好みを優先するあまりにハツだけ、キンカンだけを並べるのでは本末転倒。もとは自分のところで鶏をさばき、一羽を大切にすべて使いきる発想から産まれたもの。そういった伝統の心ごと広めていけるように我々も頑張りたい」と、藤本会長は意欲を見せる。
知れば知るほど食べたくなる美唄焼き鳥の奥深さ。さあ、今夜も「こっちのテーブルにモツ20本!」