2008.05.20

カテゴリー【特集】File.00

障がい者雇用で“日本の会社”の原点を貫く 砂時計のある会社・日本理化学工業 中編

神奈川県川崎市に本社工場がある日本理化学工業株式会社が、重度障がい者の雇用を始めてほぼ半世紀。昭和42年に設立された美唄工場でも社員28名中、障がい者が7割を占める。雇用問題に激しく揺れる日本でいま、日本理化学工業の工場から生まれる白いチョークは何を描こうとしているのか。

美唄を去る炭鉱労働者たち
「福祉のまち」への追い風に

ハートふるマーク

日本理化学工業の名刺には社団法人全国重度障がい者雇用事業所協会が認める「ハートふるマーク」がついている

人の幸せとは、障がいの有無を問わず働く場所があること。人の役に立っていると実感すること。日本理化学工業株式会社の大山泰弘会長はこのことを胸に刻んで、昭和34(1959)年から障がい者雇用を続けている。同社の主力商品は、国産初の炭酸カルシウムを原料とする粉が飛ばないダストレスチョーク。職場と同時に幸せを手にした社員たちは脇目も振らずに働いている。その真摯な働きぶりが評判を呼び、世間から注目を集め始めた昭和40年頃、わが美唄市は端的に言うと困っていた。

昭和30年代の後半に入り、エネルギーの主役は石炭から石油へと交代した。炭都・美唄市では昭和38年の三井美唄炭鉱閉山を皮切りに閉山ラッシュが始まり、炭鉱労働者は失業、人口は急速に減っていった。この事態を打開するべく美唄市は炭都から「福祉のまち」への転身を目指す。昭和40年には身体障がい者のための更生施設を相次いで開設。「人にやさしい温かいまちづくり」を進める当時の美唄市長・沢田孝夫は新聞で日本理化学工業の存在を知り、“これだ”と確信した。美唄にも日本理化学工業の工場を作りたい。沢田は大山会長(当時専務)の説得に動き出した。

冬は二階から出入り?
思わぬ方向に進む新工場計画

美唄工場西川一仁工場長

「美唄市さんと同社との信頼関係で始まり、41年が過ぎました」と語る美唄工場西川一仁工場長

美唄工場誘致のいきさつを知る西川一仁工場長によると、昭和40年当時の日本理化学工業では新工場を岡山方面に建てる計画がすでに進んでいたという。チョークの原料となる良質な石灰石が採れる土壌を求めて、さらには西日本の販路拡大を狙っての理由だった。ところがそこに石灰石とは無縁の北海道から誘致の話が舞い込んでくる。

「さすがに最初の頃は大山会長も断りましてね。なにせ冬に大雪が降ったら二階の窓から出入りするようなところだと聞き、社員が通勤できるのかもわからない。到底実現できないと何度も断り続けたのですが、やはり最後の決め手は心と心。“障がい者のためにどんな事でも手伝うのでぜひ来てほしい”という沢田市長や福祉施設の先生がたの熱意に会長がうなずき、関西から美唄へと工場計画が変更になりました」  話が決まってからは早速、市側は病院跡地だった現在の土地を低価格で提供し、日本理化学工業も資本を投入。昭和42年に美唄工場が誕生した。

障がいの能力に合わせて工程を変えて行く
働く体験で得られる幸せ

工場内は整理整頓されていて動線もスムーズ
取引先からの品質評価、信頼も厚い

工場内は整理整頓されていて動線もスムーズ。職場での「5S活動」「報連相」も行き届き、取引先からの品質評価、信頼も厚い。

現在、美唄工場では社員28名中、重度障がい者12名・軽度障がい者9名が勤務。市内のグループホームや自宅から通勤している。チョークの製造ラインを見せてもらった。まず最初は材料を混ぜ合わせる作業から始まる。若い男性社員がてきぱきと動きながら常に目線を向ける先には、砂時計があった。「彼は時計の針やデジタル時計で時間を読むことはできませんが、砂時計なら一目瞭然です。“かく拌機械のボタンを押したら砂時計をひっくり返す、砂が全部落ちたらボタンを押して機械を止める”と一度覚えたらあとは正確にやってくれるので安心して任せています。我々は能力にあわせて生産工程のほうを変えていくのです」と西川さんは語る。

次の作業は攪拌が終わった原料を機械からチョークの太さに押出す成形作業。西川さんが年配の社員を指差した。「彼はこの道40年のベテラン選手です。肩に力が入っていないから動作にムダが無く速いし、機械から取り分けるチョークの長さも正確です」。確かにその男性社員のリズミカルな手元はまさに職人技だった。高温で乾燥されたチョークが出てくると手に付かないコーティングを施し、検査、箱詰め作業が待っている。以前は動作が遅くこれが直せない障がいを持っていた女性が今では堂々と一人で箱詰めを担当、そんな社員の成長した姿も日本理化学工業では珍しくないという。

平成21年4月、1名の女性社員が定年を迎えた。「彼らにとって仕事は唯一の幸せを得られる切り離す事ができない人生の一部。体力を見ながら違う仕事を作ろうと考え中です」。福祉のまち、美唄で障がい者雇用の先駆けとなった日本理化学工業。次の転機は平成16年にやってきた。今度の主役はチョークそのもの。北海道のあるものが、材料になる。(後編に続く)

日本理化学工業株式会社 美唄工場

日本理化学工業株式会社 美唄工場

【URL】http://www.rikagaku.co.jp/syougai/syougai.htm
【問い合わせ】美唄市東明二条3丁目2-10 TEL0126-63-4241
【創業】昭和42年9月
【社員】28名 ※うち重度知的障がい者12名、軽度知的障がい者9名