1994年に発刊された『中村開基百年記念誌 拓翔』には中村豊次郎の功績や当時の入植風景が詳しく記されている。
「みなさん、よく来てくれました! ここが今日から私たちの新しい故郷です」
1895(明治28)年、美唄市北西部の石狩川沿いの地に三重県人・愛知県人の農家120余戸・約600名の移民団が下り立った。彼らを迎えたのは、前年から先発隊24戸を率いて入植していた中村豊次郎。新天地での希望に燃える22歳の若きリーダーだった――。
中村豊次郎(1871~1945)は三重県桑名町生まれ。17歳のときに憧れの地アメリカに留学し、帰国後は家業を手伝うかと思いきや今度は仏道の修行に入るなど型破りの行動力を示す逸話には事欠かない人物だ。そんな豊次郎が故郷の農民とともに未開の地・北海道に身を投じたのは、生来の開拓精神に火がついたからなのか。約600名の入植と同時に、総勢150戸近くの大集団からなる中村農場が誕生。農場主である豊次郎の姓はそのまま地名として刻まれ、今日の中村地区の名称はここに由来する。
▲PAGE TOP
写真は昭和7年の大水害。水害を乗り越えるという苦難の歴史が中村の人々をひとつにまとめ、堅い団結力を生んだ。
北海道開墾には常に厳しい自然との闘いがつきまとう。河川敷に位置する中村地区も度重なる石狩川の氾濫に苦しめられた。「故郷の木曽川、長良川でも苦しめられてきて今またこの中村でも…」。落胆する小作人の中には水害のない土地に転出する者も出始めた。この頃、道内各地では水害に弱い畑作から水稲栽培への転作時期を迎えていた。そうした気運を逃すまいとした農場主・中村豊次郎は大胆にも機械を使って石狩川から直接水を汲み上げ、水田に引き入れる計画を立案した。
前例のない取り組みに周囲や道庁は実現不可能と大反対。だが、豊次郎に迷いはなかった。持ち前の行動力でイギリスの蒸気機関車のエンジン部を活用した揚水機械を完成させ、1912(明治45)年に道内初、石狩川からの機械揚水機試運転に成功。中村の名を全道に広く轟かせた。それは同時に“稲作の中村”の新たな始まりでもあった。
▲PAGE TOP
とりめし製品を製造・販売する「郷里(さと)の味 なかむら えぷろん倶楽部」のマークもご覧のとおり。
大正時代に移り、稲作が本格化しても農民の暮らしは楽なものではなかった。「口に入るのは粟やキビ、イモばかり。今のままでは貧しさや栄養不足で倒れるものが出てきてしまう」、小作人の身を案じた豊次郎は思いきった策に出た。小作人一戸につき雄雌一羽ずつの鶏を貸与し、代償として翌年生まれる一番雛のうち、雄一羽・雌二羽を納めさせる。これを繰り返していけば、中村の農家ほぼ全戸に鶏が行き渡る。こうして得た卵や鶏肉は貧苦にあえぐ農民の滋養のもとになり、貴重な収入源となった。
▲PAGE TOP
遠来の客をもてなすための「中村のとりめし」は、じきに冠婚葬祭や大勢が集まるときのご馳走としても定着していった。
「うちの台所事情がどんなに苦しくても、遠くから来てくれたお客様にはご馳走をふるまいたい」。大正時代、知恵を絞った中村の人々は当時貴重な収入源だった鶏をさばき、収穫がようやく軌道に乗り始めた米と一緒に炊き込んだ。これが「中村のとりめし」の始まりと言われている。
鶏は精肉だけでなく、モツ(内臓)も皮もすべて余さず使いきる。同じく稀少だった砂糖と醤油で炊き上げたコくのある深い味わいは、まさにご馳走。こうして“ふるまい料理”として生まれた「中村のとりめし」はいつしか家から家へと広まり、親から子へ受け継がれていく郷里の味になっていった。
▲PAGE TOP
設立10年目を迎えた「えぷろん倶楽部」の皆さん。家の農作業や家事、育児をこなしつつ交代で活動する行動力に思わず拍手!
時代は平成を迎え、農業経済が厳しさを増すなか、中村地区は悩んでいた。「これからはうまい米を作っているだけではダメだ。中村を世に出すための売りを作らなければ」「…そうだ、中村にはとりめしがあるじゃないか。今は美唄を離れた人たちもとりめしをひと口食べれば、きっと故郷を思い出す。“中村のとりめし”に我々の未来を懸けてみようじゃないか」
とりめしに活路を見出した中村の人々は1980年代以降、美唄市内のイベントに積極的に出店を始める。狙いは当たった。農家の主婦たちが炊き上げるとりめしは「懐かしい味」と評判を呼び、道内各地のイベントから出店の声がかかるようになった。そして1998(平成10)年、周囲の後押しを受けた女性陣9名が中心となり、「郷里(さと)の味 なかむら えぷろん倶楽部」が設立。本格的なとりめし製品の製造・販売に地区をあげて乗り出した。
▲PAGE TOP
とりめしを食べながら談笑する「えぷろん倶楽部」誕生に尽力した各団体のみなさん。
「会はできても、えぷろん倶楽部はよちよち歩きのひな鳥同然。みんなが支えてやらなければ」。当時中村施設利用組合がとりめしの要ともなる美唄米の調達に動けば、活動場所の提供にはJAびばいの林組合長(当時、専務理事)が奔走した。調理実習室を有するJAびばい中村支所を民間団体に、しかも破格の価格で貸し出すという異例の措置を実現。また市内は言うに及ばず、近郊の砂川や岩見沢にまで販路拡大の道筋をつけた。
美唄市中村連合会は買えば高価な炊飯釜をえぷろん倶楽部に10釜貸し出し、大量注文にも応じられる環境をバックアップ。さらに「“中村のとりめし”を名乗る以上は地域住民の同意を得るのが筋道」と連合会が音頭を取り、地域全体にえぷろん倶楽部の活動を広報し、住民の心をひとつにまとめあげる難題に取り組んだ。
▲PAGE TOP
家庭によって味付けや作り方も異なるとりめし。「えぷろん倶楽部」の味が決まるまで約1カ月に渡って試食が繰り返されたという。
現在、えぷろん倶楽部は正会員10名、賛助会員14名の女所帯。「家の用事が最優先。無理をさせない、助け合う」、主婦同士だからこそ以心伝心のチームワークで多忙な時期も乗り越えてきた。「とりめしを作っているのは私たちですが、支えてくれる家族や地域の方々の協力があればこそと感謝しています。地域のみなさんがここまで応援してくださる私たちは日本一の幸せものです」。えぷろん倶楽部代表の伊藤裕美子さんがメンバー全員の気持ちを代弁する。
弁当やおにぎりを主軸とするとりめし商品の中にはユニークな「こげおにぎり」(210円)もある。「おこげは別腹」という主婦ならではの視点が光る人気商品だ。また、炊きたての釜ごとの注文に応じる通称“釜宅”では炊飯釜が各家庭から姿を消した今、家庭料理のぬくもりごと味わうことができる。
●
農場主・中村豊次郎の大志が切り拓いた美唄の地で、明治から平成と時を越えて愛される「中村のとりめし」。炊きたての湯気の向こうに立ち上るのは、故郷があり続けるという幸せの原点なのだ。
▲PAGE TOP
【郷里(さと)の味 なかむら えぷろん倶楽部】中村産のおいしいお米を使っています!
写真中央は看板商品の丸弁当441円。釜の宅配は1升3,675円~
【とりめし製品販売店】
美唄市
- Aコープびばい本店 毎営業日
- Aコープコア店 毎営業日
- Aコープいなほ店 毎営業日
- Aコープ峰延店 毎週土曜日
岩見沢市
- Aコープ北村店 毎週土曜日
- Aコープ2条店 毎週水・土曜日
- Aコープ鉄北店 毎週水・土曜日
- Aコープ幌向店 毎週土曜日
三笠市
砂川市
奈井江町
【釜の宅配1升から承ります】市内:宅配料無料 市外:宅配料別途
【問い合わせ】郷里(さと)の味 なかむら えぷろん倶楽部 TEL0126-69-2562
【URL】http://gis.net-bibai.co.jp/users/epuron/epuron.html