【はじめに】森山大道が撮った北海道 30年を経た“里帰り”
1978年、写真家森山大道さんは北海道にいた。1938年大阪生まれ。1963年にフリーの写真家としてデビュー以来、粒子の粗いモノクロームの世界を撮り続けてきた。
“アレ、ブレ、ボケ”の表現は森山大道の代名詞ともなり、「犬のような嗅覚で」街角に溶け込むストリートカメラマンの草分けとして知られていく。
その彼がある時期東京の喧噪を離れ、北にいた。3カ月間、札幌市白石区の部屋を拠点に道内各地をめぐり歩き、美唄の街角でもシャッターを切った。
その時撮られた300本のフィルムはプリントされる日を待ち、眠り続けて30年後、ついに“里帰り”のときがやってきた。
新たにプリントされた2000点が札幌、夕張、そして美唄の各会場で紹介される「森山大道写真展 北海道 序章」。
本人が会場となったアルテピアッツァ美唄を訪れた8月23日を振り返ってみよう。
会場でシャッターを切る森山さん。この日初めて展示会場に足を踏み入れた
【インタビュー】美唄の飲屋街を再訪 「撮っておいてよかった」
-今しがた展示をご覧になったばかりの感想をお聞かせください。
森山 昔の小学校を活用した会場での展示は、僕にとっても初めての経験です。教室はよく子ども達の絵や習字とかを後ろに貼り出すでしょう。 今回の写真展もそれに似たおもしろさがある。小型プリントで焼いたのも、そばに寄って見ていただくことを意識して。 札幌宮の森美術館や夕張の会場はそれなりのShow Upを考えて大判で焼きましたが、美唄ではこういう形が一つのShow Upになったんじゃないかな。 かつての教室というメモリアルな場所と思い出を記録した写真の印象がうまく重なっているように思えます。
-北海道での3カ月間。会社員が出勤するように“日々外に出て撮ること”をご自分に課していたそうですね。
森山 それまでの中途半端な日常に身を置いていた流れを断ち切りたくて北海道に来ましたから、“日々撮ること”だけは固く心に決めていました。 朝起きたらまず近くの喫茶店でコーヒーを飲んで、それから札幌駅に行くかバスセンターに行くかその日の行動を決めたりしてね。
-札幌や小樽、函館だけでなく、美唄、夕張といった地方の駅にも降り立った理由はなんでしょう。
森山 もともと僕は北海道が好きなので、70年あたりから折に触れて撮りには来ていたんです。 その時に大きな街のイメージは大体掴んでいましたから、78年の時はそうじゃないところに分け入っていこうと。 あの時美唄は確か演歌歌手が来ているとかで駅前が賑わっていた。それを一通り眺めてから、後は僕の嗅覚にまかせて飲屋街に足を向けました。 今回の写真展のポスターにも使っている飲屋街と自転車に乗った少年の一枚は自分でも好きな写真です。 さっきも同じ場所に行ってきましたけど、感慨がありますよね。当時の自分は何を考えてここをうろうろしていたのかなと思うと、なんだかいじらしいね。
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-3カ月後に東京に帰られて、北海道以前・以降で変化はありましたか。
森山 戻ってからはいい意味で居直った気持ちになりました。僕は一カ所に長くいられない性分なんですが、北海道での3カ月は精神的な洗い直しにもなった。 当時は明確に意識しませんでしたが、今振り返ると一つのターニングポイントですよね。
-会場では年配のご夫婦が当時の美唄駅の写真を見て懐かしむ姿もありました。
森山 それがいいんですよね。写真は時間を経ると、作者の表現からどんどん離れて記録そのものに戻っていく。 当時の僕がどんな心情で撮ったかよりも、写された現実が記録として残るのが一番いい。だから懐かしく見ていただけるんだと思います。 僕が惹かれる函館の写真家田本研造たちによる開拓期の記録写真と底に流れているものは同じ。 30年前にいろんなことがあったかもしれないけれど、北海道に来て撮っておいてよかった。今はこの一言に尽きます。
「こういう形で美唄にまた来るとは思いもしなかった。おもしろいもんですね、時間というものは」
【トークイベント】森山大道のクリエイティブに触れるひととき
この日のメインは、「森山大道写真展 北海道 序章」の仕掛人であり札幌宮の森美術館キュレーターの長澤章生さんがインタビュアーを務めたトークイベント。 約60名の森山ファンが集まり、一同感激の面持ち。「カジュアルにみんなで話をしましょう」という長澤さんの声に誘われ、参加者も積極的に質問の手を挙げた。 その中でも会場をわかせたいくつかのやりとりを再現する。
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「先生のポスターを店に飾っています!」
男性 自分はこのポスターに写っている美唄の飲屋街でスナックをやっています。
森山 え、本当?写ってる?
男性 いえ、路地の奥まったところにあるんで写ってないんです。スナック「タイム」っていいます。
森山 「タイム」、写真と縁がある名前だ(※注 写真雑誌『TIME』とかけて)。
男性 実は28年前に東京写真学校で森山先生の授業を受けたこともありまして、今日はいろんな意味で懐かしくて来ました。今も店に先生のポスターを貼っています。いつか先生の作品で店を埋め尽くしてもらえたら嬉しいです。
森山 うまいこと言うなぁ。いや、来てくれてどうもありがとう。
「カメラをやめようと思ったことは一度もない」
女性 プロとアマチュアの違いってなんですか?
森山 僕はね、「写真はアマチュアリズムである」のが原則だと思っています。動物やスポーツ写真とかのその道のプロ、スペシャリストは別ですよ。例えば、夕張の炭鉱を50年以上写し続けている地元の方がいるとしたら、その方が撮った1枚に僕は到底かなわない。それが写真なんだと思う。写真は限られた人だけのものではないから。
女性 今のお話を聞いて先生は“森山大道のプロ”だと思いました。
森山 うーん、そう言われて嬉しいのかなぁ(笑)。ただ一つ言えることは、僕はどんなに気持ちがトーンダウンした時でもカメラをやめようと思ったことは一度もない。写真があって良かったなと思います。本当に。
「撮りたいと思う一瞬に尊敬も愛情も」
男性 自分もカメラをやっていますが、被写体との距離に悩んでいます。尊敬や愛情がある一方で、写すのは自分のエゴじゃないかとか…先生は被写体のことをどう考えて撮っておられますか?
森山 僕のように路上や街角をスナップしている人間にとってシャッターを切る瞬間は反射的なもの。すれ違いざまに撮る。言葉は悪いですがスリみたいな感覚です。そこで撮らなかったらひるんだ自分に悔しい思いをする。だからあなたもあまり被写体がどうの、と考えこまなくてもいいんじゃないかな。「撮りたい」と思う一瞬に尊敬も愛情も詰まっていますよ。今回の展覧会を記念して出した写真集「NORTHERN」にあるバスや汽車の中のかなり接近した写真も、同乗者と僕がカメラで無言の対話をしているようなもの。まあ、「撮らしてね」と心の中で言ったりするんだよね。
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時には会場が笑いに包まれたトークイベントは約1時間半で終わった。森山大道のクリエイティブに触れた濃密なひとときもまた美唄の新しい記録になっていく。



